マック 的个人资料マックの小さな写真館照片日志列表更多 工具 帮助

日志


7月4日

春がだいぶ遅れてやってきました

 
上の写真もだいぶ古くなったもので少し遅れた春をアップしてみました。
そして、こんど飼いはじめたセキセイインコの「ピッピ」です。まだ幼鳥ですが私を親だと思っているようです。
犬のマックの追悼ページは写真を含めて近い内アップする予定です。
 
2008_07040025 2008_07040027
セキセイインコにおもちゃ ご機嫌です         ブランコは手作りです
 
2008_07040028 2008_07040029
機関車と花の板アートを載せた貨車です       もう1台を鳥かごに遊戯用に入れてしまいました
 
2008_07040030 2008_07040033
金魚すくいの和金が20cmにも            鳥かごはマックの遺品の網で手作りです
 
2008_07040034 2008_07040035
予備にもう1個作りました                同じく金魚です
 
2008_07040038
ゴーヤを育てています(これでは大きくなれないかもね。後ろはマックの小屋の一部で15年の歳月で
かなりくたびれています。 主を失って近いうち解体も)
7月2日

マックが永眠をしました

 マックが死にました。今朝(6月24日)5時頃だったと思います。14歳と2ヶ月の大往生でした。人間で言えば100歳を超えたということのようでした。ここ1ヶ月あまり体調が悪く、後ろ足が思うように動かせなくなっていました。それでも1週間前まではごく近くでしたが、散歩をしていました。つい3日前までは庭の車庫(オープン式)の屋根の下でゆったりと寝そべり寝入っていました。小屋に入ろうというといやがり5時間ほどそこでねそべっていたものです。彼女にとっては表を歩く散歩犬や通行人が眺められるお気に入りのポジションでした。
 
 しかし、それ以降庭に出る余裕もなくなりほとんど寝たきりになったものでした。それでも食欲は旺盛で食パン(大好物でした)厚切り2枚と、缶詰2分の1缶を朝夕2回ぺろりと食べ、亡くなる前の晩もしっかりと食べたものでした。日に2回ほど身体を拭き、数回の寝返りをさせたものでした。車椅子も手作りで与えたのですが足の衰えは増す一方で、引きずるだけで結局使い物にはなりませんでした。そこで車のフロアマットを改良し針金でお腹を吊るという方法は歩行を助け、非常に有効でした。
 
 排泄は最後は自分で気に入った場所まで行くことができず、パネル式のベッド(板ですけど)の上でしていました。しかし夜は寝返りが打てず苦しそうな、哀しそうな鳴き声をあげ、その時には先のべ
ルトで吊り上げて寝返りを打たせたものでした。本格的介護は1週間ほどでしたが我ながらよくやったかなと思ったりしています。苦しいうめき声を上げながらも、かすかにしっぽを振ったりしていましたからきっとうれしかったのかななどと自画自賛をしたりしてもいます。
 
 思い起こせば、我が家に彼女(マックという名はまだ小学生だった二男がつけてしまった)は1996年6月にやってきたものでした。当時ゴールデンは人気沸騰中でして近くのホームセンターの出張はんばいで生後2ヶ月の子犬の時に購入したものでした。(ここまでは死亡の直後に書いたものでした。後ほど続きを書きたいと思います)