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黒鳥(ブラックスワン)が愛の(?)巣作りを始めました せっかく写真をアップしたのに全く触れないのもなんなので、寺社周りの最後にまた鳥を撮ってきたので報告します。 1月30日 昨日の文章、皆さんの反応に「ホッ!」 昨日のプライベートにわたる文章に正直言って書き過ぎたかな、という危惧が残り今朝にも削除しょうかと思い
起床後ブログを開けてみたら、何人かの方にありがたいコメントを頂いており思いとどまりました。
つまり昨日の話題は夫婦の係わり合いの度合いの問題だったと思います。老後夫婦のうちどちらかが欠けた場合
の自立できているか特に男の問題をわたしに置き換える形で話を進めさしてもらったと思います。
たとえば妻を亡くした男は生きる方向を見失い、身の回りのことも処理できず生きていくうえで最低限の衣食住に
関係したことで、もう行き詰まって大きなストレスを受けて命まで縮めてしまう。
妻に依存をしすぎた結果と言えるかもしれないが、むしろもっと前の段階つまり幼児性が抜けずマザーコンプレッ
クスがワイフコンプレックスに置き換わっただけといえるのかも知れませんね。
ただ、皆さんのコメントを読ませていただくと、随分と旦那さんが協力的で結果自立に向けて歩き出しているという
ことでしょうか。聞かれてもいないのに夫の自慢をできるのは素晴らしいことですよ。(笑)聞きましたっけ?
今日のわたしの言いたかったことは、自立と夫婦関係の精神的関係の崩壊は裏腹かも知れないということですね。
つまり、無関心か関係の荒廃かこの辺は気をつけるべきとことだろうし、結果的に話もしなければ何の交流もない
仮面夫婦、こうなっては長い老後またつらいものがあると思う。
そこで思いつめての離婚というケースもあると思う。しかし、離婚も経済的な裏付けがあってのことですよね。老後
蓄えが豊富か収入がそこそこなければ惨めになるだろうし、なんとか妥協(若い方には叱られるかも)できるものな
らお互い一定の距離を置いて暮らす、それも大人の知恵。もともと他人がたまたま一緒になった(?)かもしれない
しそんなに何から何までうまく行くのも難しいことでもありますよね。
まあ、何事もほどほどがよろしいということで本日の、夫婦の自立と老後の夫婦のありかたについてのお話お開きと
いたします。コメント頂いた方本当にありがとうございました。正直概ね賛同していただきホッとしているわけでありま
す。皆様にとって明日も夫婦円満平穏無事であって素晴らしい日となりますように・・・。
1月29日 妻の老後に、夫は害毒ですか? ある研究で、5年後に5年前のデータと比較したところ夫が生存していた場合妻の余命は2分の1に縮まり、逆に
夫が居ない場合は寿命は延びるとか。
また、妻を先に亡くした男は寿命が10年縮まり、早い場合は2,3年で死亡するとか。
こういう話を聞くたび男って情けないなあ、と思う。
ですからわたしは自分で出来ることはなるべくやるようにし始めたのが10年以上前から。まあ当たり前のことかも
知れないが、物を人に取らせない。お茶も牛乳も自分で入れる。やってくれるときは勿論やってもらうが、用意が出
来て無い場合は、ごはんもパンも自分で用意をする。
メシの用意が出来てないからといって、妻の帰るまで食わないで待っていることは無く、なんとなくあるものか買い
に行く。風呂やゴミ捨ても率先して自分の仕事としている。洗濯はしてもらうが、衣類、布団などの管理は一切自分
でやる。
なぜここまで自立?してきたかは過去の引け目(O気?)もあるがいさかいを避けていたらこういうことになってきた
わけ。ただ、他の家庭がどの程度なものかはわからないので、こういうことを他所で自慢したり話すことは無い。
多分一人になって一番困るのは食事だろうか。後はほとんど自分でやっているのでさほど困りはしない。
多分一人になった時は食事の体系をシステム化すると思う。つまり月曜から日曜日までを外食、レトルト、手作り
とローテーションで考え、手作りの場合は献立をローテーション化しておけばあまり悩まなくてもいいのかなとも
思う。
ただ、ここまで来ると夫婦なんて味気ないのかなとも少し思う。しかし妻から考えれば外出も自由、ボランティアや
地元の町内会の行事やら役員の仕事、名誉職と忙しく、たまにはそういった会の一泊旅行、娘との海外旅行など
そして車は自分のだし、一切干渉されないのでほぼ自由に行動しているように見える。その一方亭主の自立の動
きはは当たり前と見ているようだ。
部屋は子供が全員出て行ったので余っているせいもあり個室。就寝、起床時間も自由、全く制約の無い独身時代と
一緒。昼間は事務所だし、寝室にはテレビ、ノートパソコン、ストーブ、ベットと一通りそろっている。妻の部屋も同様
だ。まあ、そんなに仲も悪くなく同居人といったところか。
孫たちがくれば盛り上がり、買い物や映画、たまには芝居にも。いずれ一人になるであろう老後。こういう夫婦、家庭
を多分わたしよりは若いと思う皆さんはどう思いますか?
1月28日 神田の新年会行ってきました まだ新年会やってるのと思われるでしょうが、同級生のこの会は1月の最終土曜日と決めているんですね。
北は北海道、秋田、山形、南は福岡など全国に散らばっています。勿論首都圏が多いですけども。先生もお出でに
なっていましたが年齢的にはそんなに違いませんので、外見的には分からないですね。
少し早く高速バスで上野に着いたもんですから、秋葉原周辺の電気街を歩き回って部品やら今興味のある製品を
見て回りました。感じたのはやはり中国語の標記が多いのに驚きました。ただ欧米人は分かりますが、東洋人は誰
なのかよく分かりません。中国からの観光客が随分と増えてるみたいですから。ただ格安旅行が多いみたいですね。
宴会は幹事のおなじみなのかパブ・スナックみたいなところで、思いがけず例年より10名も多い35名の参加者が
あり超満員でした。やはり、同級会はいいですね、時間が戻ってきたり、ひとしきり現況の報告、完全リタイヤしている
者もいたりして、日常の話や孫の話だったり話の華が咲いてました。
帰りも東京駅からの高速バスでしたが、写真はそこへ行くまでのもので、やはりカメラも酔ってましたね。
陽気が良過ぎて帰りのバスの中は暑く、酔いも手伝って気分が悪くなりました。いずれにしても午前様にもならず12
時前には床に入ることが出来ました。
1月25日 「桜田門外の変」の井伊直弼(首)の墓がありました。
雪のために護衛の士たちは刀に柄袋を着け合羽を着ていて、襲撃に遅れをとってしまいました。しかし乗物脇を離れず、柄袋と合羽を取った御供目付河西忠左衛門が二刀で奮戦。乗物に突進した浪士の稲田重蔵を斬り倒しました。見届け役の斎藤監物は、眼前で次々と同志が雪の中に倒れてゆくのを見て、役目を忘れて戦いの中に斬り込みました。 ついに有村次左衛門が井伊直弼を引き出して首を落としました。首を持った有村と広岡子之次郎は、満身創痍でよろめきながら日比谷門の方へ向かいました。井伊家の御供目付側小姓小河原秀之丞は重傷で昏倒していましたが、刀を杖に立ち上がり、雪に赤い線を引きながら有村達に追いすがりました。 彦根井伊家家中は激昂し、悲憤した家士が水戸屋敷に討入りを叫ぶなど、一触即発の状態になったようですが、幕府と彦根藩上層部の説得で静まりました。本来ならば、藩主が跡継ぎを決めないまま横死した場合、家名断絶になるのですが、彦根・水戸の間で騒動になるのを恐れた幕府は「大老は襲われたが、重傷で生存している」として、その間に跡目相続をさせることにしました。http://www.spacelan.ne.jp/~daiman/rekishi/bakumatu04.htm きょうも、周回トレと近所の社寺回りをしました。写真の中で妙雲寺には「桜田門外の変」で命を落とした幕府大老井伊直弼の首を水戸浪士が持ち帰ったため、それを丁重に葬った墓があった。碑文には首を彦根藩に返還したいと申し出たところ、大変な苦労の末持ち帰ったもので返還に及ばずということで、この所に葬ったとある。藩主を討たれた藩士たちの憤激の様子は前述の通り。 先日の「天狗、諸生の闘い」の尊王攘夷激派の行動に繋がって行くもの。浪士の中にはかなり遠い親戚ですが2名おりました。 また、護国神社にも行きました。靖国神社と同じ宗旨の神社で南方のペリリュー島の慰霊碑もありました。母の弟もこの水戸連隊で玉砕(戦死)をしています。
1月24日 最強の弁護人は自分自身ですよ! 最近のニュースの中で、強姦事件で3年?の刑に服した後に他に真犯人が現れ冤罪だったというのがありました。
それから痴漢事件でも同様なことがありました。警察は謝罪し、国家賠償もあると思います。しかし、失った月日は
帰ってきません。
わたしは2台の自動車がからんだ交通死亡事故の加害者になってしまったことがありました。
その時に取り調べにあたった検事は言いました。「5万円の科料で手を打とう」といってきました。わたしは承服しませ
んでした。
例え相手が無免許で飛び出して来たにしても人一人殺していることだから、正式裁判を要求したのです。しかし検事
はそれにはとうとう答えてきませんでした。
その時ことの正否はわかりませんが、自分のことについては正しいと思うことは、やはり強く主張していかなければと
思ったものでした。結果的には犠牲になられた方には本当に申し訳ないことだったと思いますけども。
冒頭の冤罪事件のことですが、冤罪を叫びながら罪人とされるケースも数多くあるでしょうが、弁護士、検事、裁判官
この法律家たちも所詮は仲間です。身に降りかかった火の粉は自身で断固払う覚悟は絶対必要だと思います。それ
がこの法律家たちを突き動かすものだからです。正義も主張しなければ冤罪を生んでしまうこともあるのです。 1月23日 「もうすぐ春ですねぇ・・・」どころか、もう春? 大寒が過ぎたばかりというのに、季節はもう春ですね。昨日の写真の通り川辺はすっかり春の装い。
今年は氷もほとんど張らず、堤防の土手はすっかり緑。鳥たちものんびり草を食んでいました。
青森の方では雪が積もらず、むき出しの畑の麦が鴨に食べられ農家が悲鳴を上げているとか。
どうやら、気象庁も記録的(百数十年来の)暖冬になるのではといってます。北陸あたりは去年の今頃はどか雪に
悲鳴を上げていたと思いますけどね。
今度の土曜は神田で大学の時のクラスで気のあった連中の会の新年会で上京する予定。
40年ぐらい続いている会なんですね。これ一重に幹事組織がしっかりしてしていた結果だと思いますけども。
ちなみにわたしは参加するのみ。田舎暮らしになった今では、それも滞在時間2,3時間の高速バスでのとんぼ返り。
ふけた仲間を見るのも少しつらい・・・かも。 1月22日 ダイエットなんて簡単ですよ! 納豆ダイエットの番組捏造が大きな問題になっていますね。食べるだけ食べて痩せられるダイエットなんて絶対
ありませんよ。わたしは見ませんでしたが、話を聞いてあれは全く信用できないと思ってました。これいうと家族も
しらけるんですが、ノンフィクション以外(動物取材なんかはあやしいですが)の番組は8割がやらせと思って見て
ます。
人間の体は、数千年にわたって飢餓との闘いを続けてきたわけで、飽食の時代といわれるのはほんのこの高だか
この50年弱ぐらいなものでしょう。
ですから答えは簡単です。昔と同じような食事を同じような量を食べていれば必ず痩せますよね。そして働くという
か体を動かすことですね。
つまり、いつもの食事でもよいから、食べる量をすべての食品を半分づつにすればいいんじゃないですか(バランス
よく)。そして運動、通勤、買い物等歩けるところはすべて歩く。
そして、ストレスをためないようにするため、一日に一度昼食後すごく甘い羊羹でも(小豆等の和菓子がよい)3cm
ぐらいを大切に大切に食べるんですよ。そしてお茶を腹いっぱい飲むんです。食間にどうしてもおなかすくときも、同
じことをして、お茶で腹を満たす。
夜にどうしてもおなかすくときは、りんごでも食べればいいんじゃないですか。それと野菜(キャベツとかセロリなど野
菜ダイエットとかいって以前もありました)を煮込んでおいて食事ごとにめんつゆなどで薄く味をつけて食べればいい
んじゃないですか。これで痩せなければ、まだ食べすぎですよ。
しかし結局、飽食の時代にせっかく生まれたのですから、ぽっちゃり体型が美の標準にしましょうよ、どこかの国の
ように。テレビや雑誌のスレンダー美人はあれはありえなーいと思えばいいと思います。
ところで、このところツーリングに出られないので今日は湖の周回トレのついでに少し近くの神社や黄門様の水道の
水源などの写真を撮ってきました。相変わらず鳥さんたちが餌をねだっていました。
1月21日 お金持ちになれる10の条件!寝ようと思ったのですがこの記事が目に付いたので話題づくりに以下ご披露します。(既に読まれた方はパスですね)
あなたもお金持ちになれる10の条件 2007年01月17日 この世に生まれてきたからには、貧乏より金持ちのほうが絶対にいい!しかし、そう簡単にお金持ちになれるワケ
じゃない。でも、やっぱり、お金持ちになりた~い! まずは、あなたがお金持ちになれるかどうかのチェックをやって
みましょう。イエスかノーでお答えください。なお、判定は自分に甘くなりがちなので、第三者の立場でシビアに判定し
てください。
(1) 健康である。 (2) 人見知りをしない (3) 数字に強い (4) 情報の整理ができる (5) 自分に厳しい (6) 企画力がある (7) 社会貢献をしている (8) マメである (9) 特技がある (10)おもしろい イエスの数がいくつありましたか? すべて、イエスと答えた人はお金持ちになれる確率が高いでしょう。ノーがある人は、ノーと答えたところをイエスに 変える努力が必要です。 「どうせ、こんなのお遊び!」と諦めて努力を怠る人はお金持ちへの道は遠のくでしょう。
http://money.jp.msn.com/Columnarticle.aspx?ac=2007011700&cc=01&nt=01 上記アドレスよりコピーしました。詳しく読みたい方はどーぞ!! 1月20日 千波湖のブラックスワン(黒鳥)の解説を!!水戸の千波湖ではいるのが当たり前と思いましたら、結構珍しいという方もありましたので、話題に事欠いていましたので以下の黒鳥についての解説を見つけ(ネット検索)ましたので時間のある方は読んでみてください。千波湖の実際の黒鳥は結構フレンドリーなのですが子持ちの場合気性は激しく大人の人間にも容赦なく向かってきますよ。以下はネット上よりのコピーです。 日本では黒鳥(コクチョウ)と呼ばれるブラックスワンの学名は Cygnus atratusで、鴨、白鳥、ガチョウ等と同様に水鳥であり、カモ科に属します。西オーストラリア州では1973年にブラックスワンを州の鳥に定められました。ブラックスワンは西オーストラリア州に限らず、オーストラリア他州やニュージーランドでも生息しています。日本でも見られるようです。他の水鳥と異なり、ブラックスワンは渡り鳥ではなく留鳥で、生まれた地域で一生を過ごすようです。 繁殖期は、通常5月から9月の西オーストラリア州の一番寒い時期になりますが、それ以外の時期に繁殖する事も珍しくはないようです。そして、繁殖期後の9月頃から2月頃に換羽するそうです。卵は一度に3個から9個産み、雄雌交互におよそ40日ほど卵の孵化に費やし、子育ては雄と雌の両方とも関わります。基本的にブラックスワンはお互いパートナーを生涯変えないそうです。産卵は多い鳥で、年に4回も行なうそうです。 成鳥の大きさは、雄で体長1.3m、雌で体長1.2m、重さにして大きいものでは9kg、平均で5kg~6kg程度だそうです。草食で湖底や川底の水草などを常食としますが、芝生や植物の種なども食べるようです。 西オーストラリア州の鳥ブラックスワンは当地の地理歴史にも関わりがあり、同州最初の総監で、1829年にイギリスによる当地占拠を宣言したジェームス.スターリン大佐は、現在パース都市部中央を流れる川を、曲がりくねる形状と、ブラックスワンの多さより、その川をスワンリバーを命名したそうです。入植当時、スターリン大佐は連日ブラックスワンのローストを食していたそうです。野生生物の保護法が制定された現在では、そのような料理は存在しません。更に保護の名目より、ブラックスワンへの餌付けも禁じられています。 ブラックスワンが紹介されるまで、ヨーロッパ人にとって“黒い白鳥”は空想上の鳥であり、多くのヨーロッパ人にとっては驚きと共に疑いもあったようです。“黒い白鳥”はバレエ白鳥の湖に悪役として登場しますが、これはブラックスワンの存在を知る以前の架空上の鳥で、当時のヨーロッパでの“ブラック=悪”という認識に由来するのでしょう。更に、イギリス人入植当初は現スワンリバーを“ブラックスワンリバー”と命名する案が出されたものの、差別的ニュアンス“ブラック”の使用に消極的であった為に、この川はスワンリバーと命名されたとも、不確定ですが一部では言われているようです。 近年ブラックスワンをスワンリバーで見かける事は容易ではありませんでした。そしてブラックスワンの観光にはパース市内より車で10分ほど北西のレークモンガー(モンガー湖)へ向かう事が常でした。しかしながら、現在では、パース、サウスパース、バーズウッド等のスワンリバー沿いでも時折ブラックスワンを見られるようになりました。ひとえに民間と行政による自然保護の努力の実を結び始めた証なのでしょう。 以上は次のアドレスよりコピーをしました。 以上はオhttp://members.westnet.com.au/petitcommerce/blackswan.htmー わたしが ス トラリア ブラックスワン コクチョウ 黒鳥 1月16日 Gyaoの「夜汽車」いい映画でした この間の日曜日ヒマだったので無料のパソコンテレビGyaoの映画「夜汽車」を観ました。
十朱幸代、萩原健一、秋吉久美子共演でしたが、あとの俳優さんが誰か見ようと思っていまGyaoを覗いてみたら
もう終わってしまったのか載っていませんでした。(調べたらGyaoで有料でやってるみたいです)
たしか作品としては20年ほど前の作品で、時代は昭和初期の頃の話でご覧になった方もいるかも知れませんが
宮尾登美子原作、山本幸作?監督だと思いました。
<姉露子(十朱)の妹里子(秋吉)の病気(肺結核)を直すために、温泉場などの芸者置屋を借金を重ねつつ流れ
流れて戻ってみると、愛する彼(萩原)が無理やり妹を犯しその妹がいつしかその彼を愛するようになり、その二人
が夫婦然として暮らしていた。
しかし妹は一旦身を引いた姉が今でも彼を愛していることを察すると、悪徳高利貸しに身を売ることを決心しそれを
決行する。姉はこのことを知ると単身高利貸しのところに乗り込み、妹を助け出すが帰りの人力車の中で妹は病気
が再発悪化しており息を引き取る。>
紹介が不確かで十分にご紹介できないのが歯がゆいのですが、身を売るのも厭わない芸者の姉と穢れを知らぬ
妹と、一人の男を図らずも愛してしまう悲しさ。涙なくしては観られませんでした。しばらく家族の前に出られません
でした。
同じ映画でも、そして俳優でもなぜにこんなにも監督、演出によっていい作品になり、駄作にもなるのか暫く考えて
しまいました。本当にいい映画でした一見の価値があるかも・・・。当時はこの映画見逃していたのが残念でした。
Gyaoはあまり視聴率がよくないようですが、コマーシャルで中断することを除けば結構いい映画をやってますよね。
別に宣伝を頼まれても何もありませんけども・・・。 1月15日 商売っ気が無い水戸っぽと水戸の三ぽい 少し昔の話ですが夕刻の水戸の街、何時に店が閉まったかご存知ですか?
正解は午後6時、または7時といわれたんですね。最近はあまり中心部に行かないんでわからないのですが。
何を言わんとしているか、そうです水戸の商人はあまり商売っ気が無く、殿様商売が当たり前と言われてまし
た。まあ昔はどこでも多かれ少なかれ商売人が威張っていた時代もあったんでしょうけども・・・。
つまり、写真に写っているはとバス、コースが設定されていて偕楽園、那珂湊魚市場・・・等々を回って東京駅
に戻るんでしょうけど、偕楽園では見学しトイレによってほんの少しお土産を買って帰ってしまうんですね。
もう少し、観光ホテルとか作ってお金を落としてもらわないと、無料トイレの提供だけでもねぇ。
それから、水戸の三ぽいこれは、怒りっぽい、理屈っぽい、飽きっぽいなんて言われるんですね。
あまり気持ちいいもんじゃありませんが、東京なんかで暮らしてみると、あの人きっと茨城県人かなって思って
聞いてみるとこれが当たるんですね。残念ながら・・・自虐的ですか。
それで周辺部には大型店やらショッピングモールができるやらで、ユニーやダイエーが撤退、商店街も衰退の
方向だったのですが、店舗の後釜も見つかり京成デパートが移転新築し少しづつ元気が出てきつつあるようで
すが・・・。
話はまるっきり変わって、今朝この冬初めて薄い氷が張りました。去年の今頃は叩いても突いても氷が割れな
かったんですけどね。この2日間ほど天気が悪いみたいです。皆様お大事に・・・。 1月12日 幕末の水戸藩、天狗&諸生の戦いを見てきた弘道館 水戸藩の藩校であった弘道館。幕末には尊王攘夷を唱える天狗派と呼ばれた改革派と、保守派と呼ばれた諸
生派(藩の上級武士中心で講道館の諸生が多かった。いづれも後世になって付けた呼び名)が激しく対立し、天
狗派は戦いに破れ北陸路を当時京都にいた15代将軍徳川慶喜を頼り、天皇に直訴しようと京へ向かう途中彦根
藩敦賀で幕府軍に捉えられ処刑された。(数百人)
その後明治になり尊皇攘夷派が天下をとったため、今度は復活した改革派が諸生派を次々に捉え、処刑して行っ
た事件。いうまでもなく尊王は天皇を奉り、攘夷は外敵(外国)を打ち払うこと。皮肉にももともとはこの考え方は御
三家であった水戸に発しており、これに影響されて土佐や薩長に思想が伝わり、倒幕に繋がって行ったわけ。
この幕末における藩内の大乱で多くの人材が失われ、改革派が多く存在していたにもかかわらず、明治新政府に
登用された主だった人材が皆無に等しかったとも言われています。(勿論各地の戊辰戦争にも加わっていますね)
写真の中の「尊攘」と大書されているのは、当時弘道館の大義として幕府に外敵を打ち払い海防など力を入れる
べしと迫り、謹慎を命ぜられた7代藩主斉昭と側近の藤田東湖らの意をあらわしたもの。
残念ながら水戸城は焼失して現存せず、徳川家康の時代になってから創設された藩のため大掛かりな天守閣を
伴ったような城はなかったようです。(写真に残っているのは三層櫓位)
次はお城のあった弘道館の少し離れたところにある水戸市の芸術館です。館長は先日文化勲章をもらった吉田秀
和さんです。ここのオーケストラの指揮者は世界の小澤征爾さんなんですね。もっとも年に数えるくらいしか来な
いでしょうけど。
そこに立つアートタワーは市制100周年を記念して建てられたもの。100mあるそうです。エレベーターで昇れる
と思います。(誰のアイデアか大変掃除のしづらい構造物だとか)
勉強不足でなんですが、歴史って面白いですね。随分と理不尽なことが繰り返されたみたいで、落とさなくてもよ
かった命まで随分と失われたみたいです。もっとも世界を見れば戦争や紛争で、社会を見れば勝手に思い込んだ
ストーカーに娘の命が奪われたり、無念や無常は果てしないものですね。
1月11日 渋谷の歯科医二男事件の長女の無念 こういった事件あまり触れないほうがいいのかも知れません。しかし殺害された状況が分かってくると、殺された
長女の無念さが伝わってきて少し触れたくなりました。
次兄は殴打され出血が進み、寒気を訴えている妹にバスタオルをかけてあげたという。その間も会話を交わし「あ
なたには夢が無い、わたしには・・・」の妹の言葉にさらに逆上し殺害に至ったという。
一気に殺害されたのではなく、途中兄妹の会話を交わした後に殺されるとは・・・。あまりにも残酷で殺された長女の
無念さが思われ、家族間のトラブル云々があったとしても兄妹の間でこんなことが行われるとは言葉になりません。
その他ににも猟奇的な話もありうんざりで、もうこの話題はこれっきりにしたいと思います。
そしたらまた新宿でも夫を殺害して、死体を損壊して遺棄したことが発覚した事件が続きました。
人間関係が破滅した場合の相手に対する攻撃、あるいは復讐、いじめの加害者の残酷さ、受けた場合の自殺という
極端な反応といった、われわれがコメントできる常識の範囲を完全に超えてしまいなんともやるせない無常観を憶え
ざるを得ない毎日です。
いつの世もこれでよいのだというような時代は無く、5千年前のローマ人だって「今時の若い者は・・・」と嘆いた落書
きがあったということですからね。
できれば懸命に生き、悔いを残さない人生を送りたい・・・そんな想いを持ったりもしますが、なんでもありの現世にう
んざりする昨今でもあります。
1月10日 新年パーテーでデコポンが当たりました 今日は夕方から近くのホテルで新年パーテーがありました。
その中でゲームで、2等賞があたりデコポンの箱詰めをもらってきた。このところ籤運が悪いと嘆いていたが、暮れ
のボーリング大会のとび賞と少し運が向いてきたかな?それにしてはロト6が当たりませんねぇ。
健康のためにと歩いていったのですが、ダンボール箱を担いで帰るのもなんなんで送ってもらうことに・・・。
これから半月位が寒さのピークでしょうか。この間に雪が降るとなかなか解けないことにも。
1月9日 渋谷の歯科医二男妹殺しの一家の心の闇 この事件の詳細はまだ明らかではない。
明らかなのは一家が近くのマンション内に2軒目の歯科医院を開業していて、これを長男、二男にそれぞれ継が
せたかったということ。妹はタレント志望などで一家の全体の家風とはかけ離れ浮いていた。
妹ははっきりものを言う性格で二男が志望の歯科医になれそうもないことに批難をしていた。
ここまでなら医者などのエリート一家ならどこにでもありそうな話し。この位の話で妹を殺してバラバラにするもの
だろうか。タレントなどの職業に対する一家の嫌悪感、それと親の期待に応えきれない二男の焦燥感が、彼にとっ
て妹からの許しがたい部分への言葉の攻撃。
そういったものが二男の犯行へと駆り立てたのであろうか。ここまでの話ではここまでの犯行をすることへの原因
としての心の動きとしては少し希薄なのではないだろうか。
平凡で鈍才がそろっている我が家などでは起こりそうも無い事件であるが、真相がさらに明らかになるのを待ちたい。
明日朝はこの冬一番位に冷え込むみたいです。明日はホテルで業界の新年パーテーがあります。
やはり大規模業者の寡占化が進みつつあるのですが、あせらず腐らずマイペースで行こうとも思っています。
では、みなさまにとって明日もよい日でありますように・・・。 1月8日 明日の朝は冷え込みそう 今日は少し前日の年始爆弾低気圧からの暴風の残りがありましたが、比較的穏やかでそれほど寒さは感じら
れませんでした。ところが明日朝は放射冷却も手伝ってかなり冷え込みそうです。
コメントいただいてる方への答えにもなるかも知れませんが、太平洋戦争における戦況は悲惨なものだったよう
ですね。われわれ世代は戦中に生まれてはいるものの、実際の戦争は知りません。ただ先の伯父(生還した)の
戦争体験を聞いたり、後のマスコミや文献による知識にすぎませんけども・・・。
大岡昇平の「野火」にもその悲惨な体験は描かれていると思いますが、無謀な戦争に国民を引きずり込んだ結果
馬の命よりも軽んじられた兵隊は虫や蛙や更には人肉まで食べるような、悲劇を牽き起こしたわけですね。
ただ怖いのは、当初国民は徹底した大衆宣撫により日中戦争の勝利に歓喜し、大部分の一般大衆までこの太平
洋戦争までに怒涛のようになだれ込んで行ったわけですね。
先の「硫黄島から・・・」にすべてを期待するのは無理だとは思いますが、結果的に全戦域でいかに無謀な闘いを
国民である兵隊に強いたか、現在の日米の政府に遠慮してのストーリーではあの程度の描き方が限界なのでし
ょうがもう少し描いて欲しかったわけです。
さて、わたしが日ごろトレーニングに利用している千波湖は元はもっと大きな湖だったらしく、江戸時代から戦後ま
で埋め立てが進められ現在の形になったみたいですね。つまり埋め立てて水田にして食料の増産を図ったよう
です。
もともと水戸の城下町で一般庶民が住んだのはこの下流域で、黄門様で有名な光圀公が少し高台から木樋を
使った水道を引いていたみたいです。これは地下水が悪水で利用できなかったことがあると思いますが。
この湖周辺は東側に市街地を形成しているのですが、地盤が極端に弱く、道路でも堤防でもどんどん沈下して
しまうので、杭を打った上に出来ています。
わたしは鳥に対する知識に乏しく説明ができませんが、20種類位の野鳥や、羽を切られた(よく分かりませんが)
白鳥、黒鳥、鴨、アヒルその他渡り鳥、海からのかもめといったのが相当数人間と遊んでいますね。(説明板を
写真でと思いましたが、字が小さくて読めないかも)
では、実質上明日からが仕事開始でしょうか。わたしはお役所へのあいさつ回りから始めることになりそうです。 1月6日 「硫黄島からの手紙」をいまさら・・・ 今日、やっとこの映画を観てきました。
そうですね、なんというかとりあえず、まあまあいい映画でした、と言う感想ですね。
つまりは、厚みが感じられなかったですね。渡辺謙のアカデミー賞候補なんて話もありますけど、西郷1等兵の
二宮和也などの脇役のほうが主体的に描かれており、どうでしょうかアカデミー賞は。
やはり月並みな評論でしょうけど、なにかこう訴えたかった何かがもう少しあったのではないでしょうか。西郷の決
して国家に対しての殉ずるという気持ちより、残してきた新妻とまだ見ぬ娘への想いの方が強いといったところは
描かれていましたね。しかし栗林中将の苦悩だってあんなものじゃなかったのではないでしょうか。
手紙にこだわりすぎて、硫黄島の戦闘そのものが簡単にも感じられ、もっと悲惨で残酷で無謀で無慈悲な戦闘を
強いられた太平洋戦争の絶望的な一端を描くには、相当な覚悟が必要だったとも思いますね。そういう点で前作
の「父親たちの星条旗」よりやはり重厚さに欠けていたような気がしますね。
渡辺謙の撮り終わってからの話の中で、映画の演技に対してイーストウット監督はなにも言わず一発OKだった
云々がありましたが、やはり日本語と英語との言語の壁が大きく影響していたのかも知れません。
明日は冬型が強まり、空っ風が吹き荒れるとか。社寺回りもそろそろ始めないとやる気も失せてしまいそうで。
トレーニングはしているのですが。写真は昨日の周回トレーニングの時のおなじみのものです。
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